白昼未明

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反抗期

私は今、もしかしたら遅めの反抗期を迎えているのかもしれない。

 

気付いたのは最近、特に父親を嫌悪する様になり、母親の言動が逐一癇に障るのだ。

 

一般的に反抗期と呼ばれる者は思春期に発生すると思うが、私は兄達に比べそれが少なかったと思う。兄は壁に穴を開けたり家出をしたり、世間で想像されるであろう反抗期を体現していた。変わって私は当時兄が反抗期まっただ中の頃、小6であったため、父と兄の激しい喧嘩に恐怖しなるべくいい子で居ようと、家の中でブルブル震えていた気がする。兄は父を殴り、骨折させた。顔面にパンチを喰らわし、眼球があるくぼみの骨が折れた。父は家から出て行けと怒鳴った。この家は俺のものだと言って。その言動をトイレの中で隠れて聞いた時、私は兄の肩を心の中で持ったのは秘密だ。兄も悪いが、収入の無い学生相手にその言動は酷すぎると。ずるいのではないか、と。

 

元来父親も、気が短くいつどのタイミングで怒るか分からない人だ。それが知らずにトラウマとなったのかもしれない。

 

例を挙げるのならば、夕食後テレビを見ていた時の話がある。テレビが面白くてついつい見すぎていた。そして父親が帰宅する。まだお風呂に入っていない私を見るなり激怒し、なんと頬にビンタを頂いた。拳骨は今まで何度が経験済みだが、平手打ちは初めてだった。

 

早く風呂に入れ!

 

当時の私は、そんな小さな問題、それだけの理由で暴力を振るった父親が信じられなかった。痛む頬を押さえながら怒って泣いて、部屋に逃げ帰ったのを覚えている。そんなこんなで、父親が今でも怖い。

 

対して母親は、おも立って叱ったり殴る事は無いが、私に聞こえる様に遠回しに怒るのだ。料理中に悪口をぐちぐち言ったり、叫んだり、わざと大きな音を立てて物に当たったり。特にいきなり叫び出すのが気持ち悪かった。それらは殆ど八つ当たりだった。母親からヒステリーな一人の女性に変わった瞬間を子供の自分に見せつけられた気がしたからだ。

 

当時の私は障らぬ神に祟りなしの状態で、私は母親から距離をとった。遠回しに怒る事に関して非常に腹が立ったのは今でも変わらない。なぜなら今でもそうやって怒るのだ。直接言われたほうが、怒られる方も気が楽だ。私の事かなとびくびくしながら過ごすのは結構辛い。

 

だから、私と母は直接喧嘩するのがとても苦手で、二言三言の言い合いしか無い。今までの人生で直接、面と向かって喧嘩した事は一度も無い。最悪だ。

 

反抗期が少なかった原因は親の顔色を伺いすぎた。怒られるのが何よりも怖かったのだ。いい子で居なければ家族がバラバラになる。家から追い出されてしまうと思っていた。

 

親の顔色を見て、いい子ちゃんで居ようと必死だった。学内の成績も上位30位内を維持していた。怒らないで、怒らないで、そう思っていた。いい子ちゃんのまま大学まで過ごした。大学もそこそこの私立を出た。

 

そして今日、私は遅めの反抗期を迎えている。思春期からの怒られる事に対する恐怖は今でも継続しているが、当時の私は父も母も大好きだった。父親と2人で旅行に行く事もあった。友達がお父さん気持ち悪いと言うのが信じられなかった。

 

今では、その気持ちを理解できる。大学卒業後から段々と父親が大嫌いになった。より短気になった父は、母をすぐ怒鳴る。人の話を聞かない横柄な態度。気に入らない他人に対しても文句を言う。私は次第に嫌悪し目も合わせなくなった。

 

そして母親。普段は仲がいいが、何故か私の話を殆ど否定して来る。例えばどこどこ旅行に行きたいね、と未来の想像を膨らませる会話でも突然怒り出し、そんな事言うなら早く働けと言われる。そりゃもう言う通りなので言い返す事は出来ないが、私が言い返せないと分かりながらあえてその言葉を選ぶのは中々傷つく。

 

また、ある日の事でいきなりキレ出した事例がある。新聞で北欧のキャッシュレス化が進んでいるという記事を読み、それは消費においてのみなのかと話題をふった事がある。現金がまだ主に使用されている日本に対し、キャッシュレス化が進んでいる欧米や北欧に関して、例えば医療、税金等の支払いもカードなのか、それともやはり難しいため現金なのかと。今後においてカード対応とか出来るのかなとか、そんな些細な興味から意見を聞こうとしたら、海外海外煩い。いつも外国の話ばっかり。ここは日本なのだから、そんな事言うなと言われた。

 

論点が違うだろうと。そりゃ日本に住んでるから日本の制度には従う。私はただ単に、外国の税金制度について調べたいと思って口にしただけなのに、なぜいきなり海外崇拝者みたいな批判を受けなければならないのだろうか。もし、日本以外の国で進んだ制度があるなら学びたいし、制度化できた理由や経緯も知りたい。なにも外国は進んでいるのに、日本は遅れていると言った批判はしていない。もし遅れているならその事実を素直に受け入れ学ぶべきである筈なのに。

 

私の興味さえ否定する。久しぶりに本当に腹が立った。ここ最近のイライラにより、その怒りは助長された気がする。だが後で反省もする。私も言い過ぎたかなと、そんなにしつこく言ったかなと。だが、会話を否定から始める人間を私は好きにはなれない。

 

私のモットーとして意見は否定しない。どんな意見も受け入れた後、自分の意見を述べる。意見自体をゼロにするやり方は非常に嫌いだ。否定すれば、会話や議論はその先に進まず、そもそも議論さえ成立しないと思う。

 

そして外国の話ばかり煩いと言われたとき、図星だと思った。私は日本よりも外国生活に魅力を感じている。それは本当。外国は刺激があり、スリルがある。留学して初めて、人生の中で生きている事を実感した。もちろん、日本の平和や清潔さ、サービス等は素晴らしく、唯一無二の物だと思っていいるし、自慢に思う。でも、それを無きにしても私は外国に惹かれる。治安が悪い国では、夜道を一人で歩けないし、ミニスカートなんて履けば娼婦と間違われて強姦される危険性もある。でも、そうして命を感じながら、日々の生活を工夫し生きているのは、反対に生を強く実感した。

 

平和な日本ではまず命の危険を感じない。幸せだ。いつ如何なる場面でも最高のサービスが提供される。それは当たり前か。当たり前だと感じていた自分が居た。だが、サービスを提供する側に回った時、日々の利便性はその裏で必死になって働いてくれる人のお陰で成り立っていると感じた。平和で、安全で、清潔で、どこでも最高レベルの接客。裏側に回らない人間にとっては、最高の国だ。

 

しかし、私は少し位不便でも良いと思う。不便ならば、自分なりに工夫できる。頭を使い、どうすれば良いのかと生活を戦略的に支配する。完璧性の中に隙間を持たせ、提供する側の余裕も生まれて欲しい。最高のサービスを提供されたいのなら、最高の待遇を持って迎えるべきではないのか。

 

話が大分脱線した。私は今、様々なトラウマで働くのが怖い。怖いが、このままだとお金がなくて死ぬ。加えて両親からの圧力もあり、そろそろお金を稼ごうと思っている。両親は正社員になれと煩いが、まだ正社員になる勇気はない。

 

大人になり、親と対等の価値観と経験を持ち始めた時、私はもうびくびくする必要は無くなった。出て行けと言われたら、まぁ、出て行ってのたれ死ぬかもしれないが、出て行けないと言う選択肢は無くなった。自立できる手段と年齢を得て、私はようやく反抗する事が出来ているのだと思う。そして、一人の人間として両親の人間性に怒りと嫌悪を感じ続けている。いつかまた好きになりたいと願っている。

 

 

 

 

 

 

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