白昼未明

頭の中の思いを吐き出す

適応障害で会社辞めました④

その日は突然やってきました

 

いつも通り憂鬱な気分のまま、仕方が無いが化粧をしようとポーチからコンパクトを取り出せば、そこには見た事も無い自分の顔が映っていました。疲れた顔に生気はなく、笑顔も無い。目が死んでいる。そんな顔を見ているうちに涙が自然とあふれて、泣き崩れていました。布団に転がり、白い天井を見上げながら勝手に涙はこぼれてきます。刻一刻と、自宅を出なければならないタイムリミットは近づいてきますが、もはや化粧する気さえ起こりませんでした。

 

いつまでこんな事を繰り返せば良いのか、心を殺してまで生きていたくは無いとさえ思いました。台所の下にしまってある包丁が救いにさえ見えてきました。

 

ですが、私は自殺を選ぶ事はせず心療内科へと救いを求めました。心療内科を選んだのは、ネットで自分の症状を検索し、辿り着いた病院のHPに記載してある励ましの言葉に共感したからです。

 

心療内科ではまた泣きながら問診を受け、結果として夜眠れない症状等を踏まえて適応障害と診断されました。

 

この病気の治療法は、環境を変えるか自分を変えるかの大きな二択があります。私は医者からの仕事は続けたいかと言う質問に対し、即答で嫌ですと答えてました。

 

そして病院を受診した次の日には上司に現在の状況を報告し、すぐに休職しました。ですが、休職した所でまたあの仕事に戻りたいと言う意欲は全くなく、私はそのまま会社を退職しました。

 

辞めてから現在に至るまで、後悔は一度もしておりません、悪夢の様な日々から解放されて、精神的には幸せです。

 

よくこらえ性が無いとか、両親から言われ続けてきましたが、その度に思う事があります。自殺したいと思う程に追い込まれた事があるのかと。そこまで我慢した経験があるのかと、私は問いたいです。あったとしたら、では私に死んで欲しいのかと聞きたいです。

 

世間でも私の様な人に対しては、我慢が無いとか言う意見もあると思います。恐らく私の耐えられる我慢の容量が人よりも少ないのが原因だと思います。私の我慢耐性は恐らく凄く浅い。嫌だと思うことはすぐに逃げたくなります。我慢した先で何か自分に利益になるのならば、耐えようとも思いますが、我慢した際に生じる精神的苦痛と利益を天秤にかけた時、利益に傾かなければ私は我慢できません。時間の無駄だと判断し、次へと移ります。

 

今まで実際にそうしてきました。高校も中退しました。なぜか。

 

希望大学が入学当初より決まっていた為、受験科目以外の勉強は無駄だと考えていたからです。私大文系。それが私の志望校でした。体育や、物理、科学など受験に必要ない科目は時間の無駄であり、大学合格するために必要な勉強時間が取れなくなる可能性がありました。私は人よりも多く努力しなければ、希望大学に行けないと分かっていたので、三年間を受験勉強へと費やしました。高校一年で高卒認定を取得した際は、高校で学ぶ三年分の内容はこんなものなのかと少しだけ虚しく感じたのを覚えています。

 

結果として、高校に行かずとも大学へは行けました。予備校に通っていた時間は、今までで一番楽しかったですし、受験勉強をもう一度やれと言われたら喜んでするでしょう。それくらい楽しかった。

 

この選択をしたからこそ、私は大学へ行けたと思っています。高卒認定試験には様々な人がいましたし、自分の経験も踏まえ世間一般の推奨ルートだけが選択肢ではないと学びました。

 

ですが、学んだ筈なのに日本社会で生きてきた今までに置いて刷り込まれた、価値観や世間の束縛はもはや呪いの様に絡み付いており、わたしはそこから逸脱するのにいつだって恐怖を感じてきました。会社を辞めるにしても、そうです。新卒カードを無駄にして大卒ニート。在学時はこんな将来を予想さえしなかったです。私は普通に生きて行くんだと思っていたのに、普通がこんなに難しいとは知らなかったのです。

 

世間の目が怖いです。私は変だと言われている気がして悲しいです。ネットで同じ考えの人を見つけては自分を励ますばかりです。

 

どうしたら、世間と言う呪いから解放されるのでしょうか。他人の目を気にしない人間になりたいですが、凄く難しいです。

 

大人の発達障害なのかなと、調べた事もありますが病院に行く勇気はありません、なぜなら特徴的な症状にそれほど当てはまらないのですから。もしはっきりとあなたは病気ではないと言われたときは、私は只単にひどい自己中のどうしようもない人間だと再認識せざるおえないからです。